東京パラスポーツスタッフ認定者インタビュー(16)車いすカーリング/理学療法士・メンタルサポーター 伊藤真之助さん(2020/3/17)

伊藤真之助さんの写真

【プロフィール】
いとう・しんのすけ 1980年、北海道生まれ。
学生時代からスポーツ科学に対する研究を続け、理学療法士・認定スポーツメンタルトレーニング指導士の両資格を取得。心身の両側面からのトータルサポートを行っている。現在、札幌医療リハビリ専門学校の講師として働く傍ら、車いすカーリングの日本代表チームのスタッフとして合宿や遠征試合などに帯同している。

昨今の冬季スポーツで注目を集めている「カーリング」。パラリンピックでは男女混合で編成された4人チームで競う「車いすカーリング」が行われます。「氷上のチェス」とも呼ばれる戦略的な要素と、精度の高い投球スキル、集中力が求められる競技です。選手たちを心理面からもサポートできる理学療法士である伊藤真之助さんにインタビューしました。

教科書には載っていない「現場」の経験を
多くの学生に伝えていきたい

スポーツ心理学から理学療法士へ

~理学療法士となったきっかけを教えてください。~

僕は子どもの頃から高校まで野球をやっていたのですが、「イップス(※)」という病気になって、投球できなくなってしまいました。病気について調べていたところ「スポーツ心理学」の存在を知り、大学院に進み学びました。スポーツ心理学を学んでいく中で、同級生の理学療法士との話をきっかけに、身体のこと、中枢神経のことも深く理解しなくてはいけないのではないかと思い始めました。そこで、さらに勉強して理学療法士になったわけです。他の理学療法士さんとは違った入り方だと思います。

※イップス=精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りの動きや意識が出来なくなる症状のこと。

~競技のサポートに関わるようになった経緯を教えてください。~
伊藤真之助さんの写真1

大学院の指導教官である荒木雅信先生がJPC(日本パラリンピック委員会)の医科学委員長だったという縁で、僕は2008年ぐらいからJPCの医科学情報スタッフになりました。最初は車いすカーリングも、医科学のスタッフとして関わっていたのですが、競技の強化のために専属スタッフになって欲しいと誘われ、JPCのスタッフを一旦休んで車いすカーリングの専属スタッフになりました。

~メンタルサポーターとはどのような役割なのでしょうか。~

日本スポーツ心理学会の「スポーツメンタルトレーニング指導士」の資格を持つ心理スタッフのことで、選手の競技力向上のために心理的なサポートを加えるのが役割です。例えば、ある選手は試合場面になると普段やっていたことが出来なくなってしまう、また、ある選手は試合場面でテンションが上がらず競技力が発揮できない、などのケースがありますので、事前の練習段階から身体面や技術面と一緒に、心理的な手助けを行っています。

~競技に関わり、難しいと思ったこと、何か気づきがあれば教えてください。~
伊藤真之助さんの写真2

車いすカーリングはチームスポーツなので、選手それぞれの温度感を合わせるなど「チームビルディング」が難しいと思います。特に代表チームは、異なる地域から選手が集まるので、北海道在住の選手と長野県在住の選手でチームを組んだりすると、年に数回しか会えませんし、一緒に練習する機会も少なく、お互いの情報共有もあまり出来ないまま、準備不足で大会に入ってしまう場面もあります。

選手とは付かず離れずの関係で

~選手とのコミュニケーションを円滑にする秘訣は何かありますか。~

近づき過ぎず、遠すぎず、付かず離れずの関係ですね。一定の距離感を保ちつつ、選手が何でも話してくれるような関係でありたいと思っています。

選手間のコミュニケーションでは、合宿の時にみんなで夜ご飯を食べながらいろいろな話をしたり、選手同士がお互いのことをどう思っているのか語り合う「他己評価」を行うことで、普段は言葉にせず分からなかったけど、この人はこんな見方や考え方をしているのかと理解を深めています。

~理学療法士・メンタルサポーターとして何か影響を受けた人物、講演、書籍はありますか。~

僕がスポーツの世界で生計を立てていこうと思ったきっかけは、牧野講平さんとの出会いです。牧野さんは森永製菓株式会社ウイダートレーニングラボのヘッドトレーナーで、アイススケートの浅田真央選手、フェンシングの太田雄貴選手、水泳の北島康介選手、テニスの錦織圭選手など名だたる選手のサポートを行う凄い方です。年齢は僕の一つ上、同郷の札幌出身です。

僕が牧野さんと出会ったのは、彼がアメリカの大学でスポーツを学び、ウイダートレーニングラボに就職した頃です。当時、牧野さんは北海道の高校野球などのサポートをしていて、僕もインターンのような扱いで同行させてもらいながら、スポーツの世界について、いろいろと教えてもらいました。「こういう仕事もいいな」と思いながらも、牧野さんと一緒の会社に入れてもらっても同じようにしか出来ないから、僕はちょっと違う方向で目指してみようと思って進学を選びました。とにかく牧野さんとの出会いが大きいですね。

現場での「生の経験」を「教育の現場」に

~スタッフ間でコミュニケーションを図る上で心がけていることはありますか。~
伊藤真之助さんの写真3

役割を「越権」しないことが大事です。競技に関わっていると、技術的・戦略的な部分が見えてくると思いますが、選手には直接言いません。僕も若い頃、失敗してしまったこともありましたが、役割分担の中ではみ出てしまうと、チーム内のスタッフビルディングが出来なくなります。スタッフは、それぞれの役割の元に、いかに選手に対してベストなパフォーマンスをするかが大切で、選手に対して「裏方」の存在でありたいと思います。

~競技のサポートと仕事を両立する上で何か気づきなどはありましたか。~

僕は「教育の現場」に身を置いていますが、学生への教育の中で、「現場」で気をつけなければいけないこと、「現場」では教科書に載っていないことがたくさん起きますから、それを「生の経験」として学生に伝えられるのは大変なメリットだと思っています。例えば、海外へ試合に行った時に、僕らは何が出来るのか、選手は自分でどこまで出来るのか、教科書だけでは分かりません。そのため、時には映像で残して具体的に見せることもしています。「現場」の様子を学生たちへ還元が出来ることもあり、海外遠征などで長期間職場を離れる際には、日程調整などで職場の皆様にご配慮いただけているので、大変ありがたいです。

~中には「競技のサポート」に興味を抱く学生もいるのでしょうか。~
伊藤真之助さんの写真4

私が勤めているのは理学療法士の卵を育てる学校で、学生の半分ぐらいはスポーツをきっかけに理学療法士を目指しています。学生自身がスポーツ選手の時に怪我をして、整形外科を受診してリハビリを受けた時に、初めて、このような仕事があることに気づいて理学療法士を目指す人は多いです。スポーツのサポートスタッフへの関心も高くなっています。

~「東京パラスポーツスタッフ」に認定されて、どのようなお気持ちですか。~

とても嬉しく、身の引き締まる思いです。自分のやっていること一つひとつが中途半端になってはいけないと思いました。東京2020パラリンピックはパラスポーツの認知度を上げる絶好の機会ですので、こうした時期に認定していただいたのは、競技団体としても良かったと思います。

~スポーツファンの皆さんに、車いすカーリングの見どころや魅力をお願いします。~

カーリング自体は、前回の平昌大会でオリンピック日本代表チームの活躍で認知度が上がった印象です。車いすカーリングの場合は、ルールや戦術は大きくは変わりませんが、ブラシで氷面を擦る「スイープ」がありません。投球した選手の力量がそのまま結果として出てきます。恐ろしく正確な投球をする選手もいて、「なんで、あんなにピッタリ止まるの?」と皆さんおっしゃいますので、実際に会場で試合を観てもらいたいですね。

スポーツのスキルとしては、バスケットボールのフリースロー、ダーツ、アーチェリー、ゴルフのパットなど、クローズドスキル(外的要因によって左右されない技能)の競技だと思うので、選手は日々の練習の積み重ね、自己分析力を鍛錬しないと競技力が向上しません。そうした選手たちの集中力を知りながら競技を観ると、とても面白いと思います。

~東京2020パラリンピックへ期待していることはありますか。~

今、選手たちは練習環境も社会的な認知度でもまだまだ苦労されていますが、結果を出すことによって状況が変わってくると思います。そのプロセスを楽しみながら、その延長線として結果に繋げてもらい、パラスポーツ選手が恵まれた環境で競技を続けられるようになって欲しいですね。仕事をしながら競技を続けている選手が多いので、東京2020パラリンピックによってパラスポーツの認知度が上がり、「アスリート雇用」など社会的な環境が整っていくきっかけになればいいなと思います。そういった意味でも応援しています。

一般社団法人 日本車いすカーリング協会
https://jwh-curling.org/

まとめ

札幌の学校で理学療法士を目指す学生たちに自分の体験を授業で伝えるという伊藤真之助さん。現場でしか分からない生の体験は学生たちにとっては貴重な情報であるに違いありません。今回、インタビュー当日はフィンランドで行われた「世界車いすBカーリング選手権2019」から、帰国直後の羽田空港でインタビューをしました。その「世界車いすBカーリング選手権2019」も「生きた教材」として学生たちの糧になることでしょう。選手たちに加え、後進たちの成長までサポートする姿は、究極のスタッフ像であると思いました。