東京パラスポーツスタッフ認定者インタビュー(13)アルペンスキー/ヘッドコーチ・理学療法士 石井沙織さん(2020/2/26)

石井沙織さんの写真

【プロフィール】
いしい・さおり 1983年生まれ。
特定非営利活動法人 日本障害者スキー連盟所属。
3歳からスキーを始め、アルペンスキーの選手として全日本選手権などで活躍。高校での大怪我をきっかけに理学療法士の存在を知り、理学療法士を目指す。2014年から日本障害者スキー連盟に所属。平昌2018冬季パラリンピックでアルペンスキーのトレーナー兼コーチとして帯同。2018年度からヘッドコーチ兼理学療法士として活動。
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雪山の急斜面を滑り降り、1/100秒を競うスピードとテクニックが求められる冬季スポーツの花形競技「アルペンスキー」。元スキー競技者で理学療法士であり、アルペンスキーチームのヘッドコーチを担っている石井沙織さんにインタビューしました。

コミュニケーションは選手と同じ目線の高さで

競技もできる理学療法士としてパラスキーの世界へ

~理学療法士になった経緯を教えてください。~

学生時代はアルペンスキーを続けていて、高校生の全日本選手権で「スーパーG」という時速100km以上で滑る競技で、転倒して膝の靭帯を2本断裂する大怪我をしました。手術後のリハビリ時に「理学療法士」という仕事を初めて知り、その職業に惹かれました。

高校卒業後は、まだスキーを続けたかったので体育大学に進学したものの、理学療法士になる夢も捨てきれず、昼間は大学、夜間は専門学校へと、ダブルスクールで勉強しました。実習とテストが同じ時期に行われるので、必死でしたね(笑)。さすがにスキーを続けるのは難しくなったので、大学2年生の時に選手を引退、理学療法士の資格取得に専念して合格に至りました。

~パラスポーツに関わるようになったきっかけを教えてください。~

ソチ2014冬季パラリンピックが行われた年のことですが、パラアルペンスキーの森井大輝選手(東京アスリート認定選手)、狩野亮選手の競技写真が載った企業広告を目にしたその日、病院勤務後にジムに行ったら、広告で見た森井大輝選手が偶然そこに居たんです。そこで私もスキーをやっていると伝えたところ、森井選手に「競技もできる理学療法士なんて初めて!」と言われ、それが縁でパラスキーの世界に入り、次のシーズンからトレーナーとしてチームの一員となりました。世間は狭いですね(笑)。

~スタッフとして関わるようになっていかがでしたか。~
石井沙織さんの写真1

それまで健常者のチームで活動してきたので、「クラス分け」を理解するのに苦労しました。この選手は速いなと思っていても、そこに障害の重さ(程度)に応じた係数がかかってくるので、違う選手が優勝していることに驚きました。障害のクラスが分かってくると、それがパラスキーの面白味だと今は思っています。

スタッフは何でも出来る人が重宝される

~トレーナー兼コーチの役割はどのようなものでしたか。また、ヘッドコーチになられていかがですか。~

ヘッドコーチの元でトレーナー兼コーチだった4年間は、雪上トレーニングやレースの時はコースに入って指導をし、夕方には選手のフィジカルトレーニング指導をしていました。そして、夜間はトレーナーとして選手のケアを行っていました。兼務なので、トレーナーが休める時間はコーチとしての役割があって、コーチが休める時間はトレーナーの役割がある。結局1日中働いていました(笑)。

そして、平昌2018冬季パラリンピックからチーム編成が変わり、現在のヘッドコーチになりました。パラリンピックの世界は、たくさんのスタッフを連れて行けないので、何でも出来る人が重宝されます。スタッフは車の運転も荷物運びも全て行います。

選手との間に「壁」を作らないようにしたい

~指導する上で心がけていることは何ですか。~
石井沙織さんの写真2

理学療法士という職業病だと思うのですが、選手と接する時は必ずしゃがんで目線を合わせることを心がけています。オーストリアの理学療法士で、ヘッドコーチの方も全く同じことをやっていました。起立したまま話しかけるコーチもいますが、私は目線を合わせてコミュニケーションを取るように意識しています。

~コーチとして影響を受けた人や書籍などはありますか。~

昨年の「東京パラスポーツスタッフ」の認定式にいらした、青山学院大学陸上競技部監督の原晋氏です。本も読んでとても参考にさせてもらっています。原監督は毎朝選手たちに、普段考えていることなどを発表させる場を設けているそうで、そこでは恋人の話やプライベートの話もたくさん出るそうです。私も選手が何でも言える環境を作り、選手との間に「壁」を作らないようにしたいですね。そんな事もあり、私はみんなから「サオさん」と呼ばれています。沙織だから「サオ」。「石井さん」ではなく、「サオさん、サオさん」と呼んでもらって、話しやすい関係作りを心がけています。

~「スタッフ」とはどのような存在だと思いますか。~

パラリンピックの世界では、選手にとってスタッフはなくてはならない存在です。健常者であれば一人で遠征に回ることも出来ますが、障害があると全てを一人で行うには限界があります。また、スタッフも選手があっての存在です。選手がいなければスタッフの仕事は必要ありません。お互いにとって必要不可欠な存在だと思っています。
 また、選手がメダルを獲得したときは、スタッフとして一番やりがいを感じる瞬間です。

~「東京パラスポーツスタッフ」に認定された感想や本制度について何かありましたら教えてください。~

選手に対しては様々な賞や認定制度がありますが、スタッフに対しては、私が知る限りでは「東京パラスポーツスタッフ認定制度」しかないと思います。この認定制度はスタッフのモチベーションが上がりますし、とても良い制度だと思います。まだ、この制度の知名度が低いので、もっと周知されて欲しいです。

~スポーツファンの皆さんに、パラアルペンスキーの見どころや魅力をお願いします。~

魅力は何といっても「スピード感」です。中でも「滑降(ダウンヒル)」は最高時速200km近く出る競技で、実際にスピードの迫力をスキー場で見て欲しいですね。座位の選手は1本板のチェアスキーで健常者と変わらないスピードで滑ります。私も指導する前にチェアスキーを体験してみましたが、低い位置なのでスピード感は倍増して怖かったです。それまではレース前の選手に「ガンガン来い」と言えたのですが、今はあまり言えなくなりました(笑)。

~2016年からパラアスリートも今回の取材地である国立スポーツ科学センター(JISS)を使用できるようになって何が変わりましたか。~

今、主に利用しているのが、「フィジカルチェック」と「低酸素の馴化」です。私たちは標高3000m以上の高地で競技を行うため、いきなり行くと「高山病」になってしまいます。事前に「低酸素ルーム」で選手とスタッフは寝泊まりし、4、5日ほどかけて徐々に体を馴化させて、そのままの状態で直接成田から遠征に向かいます。

この施設が使用できなかった時は、現地に行ってから、一度高地に上がって馴化するためだけの時間を何日か作らなければいけませんでした。JISSを使用できるようになってからは、現地に着いてからすぐにトレーニングを行えるようになったのは、大きなメリットですね。

~次期の夏季パラリンピックが東京で行われますが、それに対しての思いをお聞かせください。~
石井沙織さんの写真4

平昌2018冬季パラリンピックのアルペンスキー女子座位で5つのメダルを獲得した村岡桃佳選手が、陸上選手権の女子100メートル(車いす:クラスT54)に出場したことで、東京2020パラリンピック大会に向けて挑戦しているのを応援しています。

自国開催は良い面がたくさんありますが、一方で、選手はかなりのプレッシャーがあると思います。プレッシャーに負けないように、日頃の練習から平常心を保つトレーニングを続けていると思うので、本番では、これまでの練習を思い返して自信を持って、ベストパフォーマンスを出して欲しいです。

特定非営利活動法人 日本障害者スキー連盟
https://jps-ski.com/


ヘッドコーチあり理学療法士でもあり元アルペンスキーヤーとして全国レベルの実力の持ち主でもあるという石井沙織さん。その類まれな能力や豊富な経験、知識を最大限生かしつつ、スタッフとして大活躍されています。スキーの技術面とフィジカル面の両方の視点から、選手のかゆいところに手が届くような的確なアドバイスができる一方で、明るい笑顔が魅力的で、選手からは「サオさん」と慕われる姉御肌な人柄であり、誰からも頼られる唯一無二の存在であると感じました。北京2022冬季パラリンピックも見逃せません。

※今回の取材地である国立スポーツ科学センター(JISS)は、2016年からパラアスリートも利用できるようになりました。パラアルペンスキーでは、主に「フィジカルチェック」と「低酸素の馴化」(高山病対策)のために利用しています。特に「低酸素の馴化」については、それまでは、まず現地に向かってから、一度高地に上がって馴化するためだけの時間を何日か作る必要がありましたが、今では、事前に低酸素ルームで4、5日ほど体を馴化させてそのまま直接遠征に向かうことができるようになりました。