東京パラスポーツスタッフ認定者インタビュー(10)陸上競技(身体)・ガイドランナー/コーラー 大森盛一さん(2019/11/18)

大森盛一さんの写真

【プロフィール】
おおもり・しげかず 1972年生まれ。
アスリートフォレスト トラッククラブ(A・F・T・C)所属。
中学から陸上を始めて400mを中心に活躍。陸上男子短距離で92年バルセロナ、96年アトランタとオリンピック2大会に出場。2008年に陸上クラブ「アスリートフォレスト トラッククラブ」を設立し、小学生から大人までを指導する。かつてはサニブラウン・ハキーム選手も指導した実績がある。

女子陸上T11(全盲)クラスの「100m走」「走り幅跳び」の日本記録保持者・高田千明選手のガイドランナー兼コーラーとして、東京2020パラリンピック出場を目指している大森盛一さんにインタビューしました。

自分のオリンピック出場経験を選手に伝えられることはとても大きい

選手をリードしてもいけないし、足を引っ張ってもいけない

~パラ陸上に関わった経緯を教えてください。~
大森盛一さんの写真1

14年前、僕が在籍していた陸上クラブに高田千明選手が加入して、コーチを頼まれたのがきっかけです。それまでパラリンピックを目指す選手に教えたことはなく、また、女性に対して果たしてどこまで対応できるのか、ゴールはどこなのか、先が見えない感じでした。

~ガイドランナーとコーラーとはどういう役割なのでしょうか。~

ガイドランナーは、走行競技において一人で全力疾走するには厳しい視覚障害クラスのT11(全盲)、T12(視力0.03まで、視野が5度以下)の選手に対して、30cmのガイドロープをお互いに繋ぎ、スタートからゴールまで伴走するのが役割です。あくまでも一緒に走って、スタートからゴールに送り届けるだけ。選手をリードしてもいけないし、足を引っ張ってもいけない。

一方、コーラーは、ガイドランナーのようにロープで繋がることの出来ない競技、即ち、跳躍競技、投てき競技などの選手に声でサポートするのが役割です。例えば、投てき競技であれば、声で投げる方向を教えます。僕がサポートしている高田選手は「走り幅跳び」が専門ですから、まっすぐ助走させるために音を出して選手を呼ぶ、踏切のタイミングを教えるというのが役割です。

余計なことを教えない

~自分自身の選手経験が役立っていますか。~

自分も選手だったので、選手の気持ちはよく分かるというのが一つ、そして、自分自身がオリンピックなどの大きな大会を、何度も経験したことで伝えられる技術や知識は、とても大きいと思います。また、そのようなコーチは少ないと思います。

これまでオリンピックに関わってきた人たちは、パラリンピックに関わるべきだし、各々が築いてきた「財産」を活かして欲しいと思っています。選手からコーチになれる方の数は決まっており、今は全く関わっていない人もたくさんいます。せっかく、選手時代の「財産」があるならば、人手の不足しているパラリンピックで活かすべきです。オリンピアンがパラリンピアンを育てる体制を作って欲しいです。

~選手引退後、社会人としての経験も役立ちましたか。~

様々な仕事をしていく中で、ヒト対ヒトの会話が役立っています。僕にとっては変わり種の仕事でしたが、アミューズメントパークでキャストをやっていた経験が、今でも役立っています。そこでは「危ないことを『危ない』と言ってはいけない」と指示があり、例えば「足元が濡れているから気をつけてください」と、なぜ危険なのかを具体的な言葉で伝えるように教えられました。そのような言い回しが、今になって役立っていると気づかされます。

~選手たちを指導するうえで何か心がけていることはありますか。~

今何をやらなければいけないのか、最重要課題は何なのかをその都度見極めて、余計なことを教えないことです。コーチは何でも教えたがる傾向にあるので、選手自身が本当に必要なところを把握できなくなってしまいます。そのため僕は「本当のところだけ」を教えていきたいです。

~どのような教え方をしているのでしょうか。~
大森盛一さんの写真2

教えるなかで一番簡単な方法は、お手本を見せることです。だけど視覚に障害のある選手に手本を見せることは出来ません。選手にやって欲しい、こちらが求めている動きを、言葉であったり、自分の体に触れてもらい、一つ一つの動作の確認をしてもらったりと、視覚に頼らない教え方をしています。

~主宰されている「アスリートフォレスト トラッククラブ」では、障害の有無、年齢や性別に関係なく、同じフィールドで一緒に教えていますね。~
大森盛一さんの写真3

僕のなかでは「区別」してはいけないと思っています。障害があっても、なくても、やることは一緒なので分ける意味がありません。高田選手も他の選手たちも同じように自由にやってもらって、気づいたことがあれば僕が教えるようなスタイルです。変な縛りがないから和気あいあいとやっているし、皆も高田選手の目が見えないことを忘れてしまうこともあります(笑)。

~指導するうえで影響を受けた人や書籍などはありますか。~

あまりいませんね。強いて言うなら、大学時代にヒューストンへ合宿に行った際、カール・ルイスなどのコーチだったトム・テレツ氏に教えてもらって、考え方に共感しましたけど、僕はテレツ氏のような人にはなれないので目標と言えるかどうか(笑)。テレツ氏は基本的に何も話すことはなく、ときどき選手に寄ってボソっと話す言葉が的確でした。選手の一部分だけなく、全体を見て物事を話すところを参考にしています。

8年がかりで叶えようと思っている夢

~大森さんにとって「座右の銘」は何ですか。~

続けることの大事さの「継続は力なり」と「克己心」です。「克己心」は己に克つ心と書きます。物事を長く続けるうちに、心が折れる場面もたくさんありますが、それに打ち克って、もう一度、心を奮い立たせることが必要だからです。

~高田選手のガイドランナーとして長く携わっていますが、その秘訣は何でしょうか。~
大森盛一さんの写真4

確かに私は長い方ですね。選手によっては数カ月単位で解消されるケースもあるそうです。長続きの秘訣は、たぶん、僕がときどき怒りを露わにするからだと思います。ずっと溜め込んでいたものを年に1回ぐらい吐き出すことがあります(笑)。お互いが日頃から相手に対して思っていること、不満に思っていることなど、溜め込まずに何でも吐き出すことが秘訣だと思います。

加えて、ロンドンの時から8年がかりで叶えようと思っている夢、東京で優勝しようという夢があるので解消するわけにはいきません。

~東京2020パラリンピックを目指す選手たちへ期待していること、応援のエールをお願いします。~

目指している人たちは今が一番大変な時期だと思いますが、体調管理をしっかりして無理をしないでもらいたいですね。この時期に怪我や病気をしてしまったら一生後悔してしまうので、気をつけながら頑張ってください。

~パラ陸上の未来への展望、夢があったら教えてください。~

様々な障害のある人たちが、多くの陸上種目に挑戦しています。懸命に取り組んでいる姿は心を打つものがあると思うので、是非、会場で見て欲しいですね。

パラ陸上は、ようやく日本国内でもスポーツとして認められてきたところがありますが、テレビで試合が放映されて、ちゃんとファンが付いて、大会を会場に観に来てくれる人がいる競技になって欲しいと思います。

今回の取材は練習後に行われ、大森盛一さんのインタビューには高田千明選手も同席。時々、高田選手からのツッコミが入る場面もあり、楽しくインタビューが進みました。その高田選手曰く、大森さんはコーチ、コーラー、伴走者というよりも「体の一部」として、競技には欠かせない存在だと言います。

オリンピアンになるまで、そしてオリンピアンになってからの多くの「財産」を、障害の有無に関わらず、後進の育成や、パラリンピックを目指すアスリートに、惜しみなく注ぐ大森さん。今も、新しい「財産」を築いているのではないでしょうか。