東京アスリート認定選手・インタビュー(28)倉橋香衣選手(港区) ウィルチェアーラグビー(2018/03/29)

倉橋香衣選手の写真

【プロフィール】
くらはし かえ 1990年9月15日生 株式会社商船三井所属
2017年:2017 Tri Nations Wheelchair Rugby Invitational 優勝
2017年:2017ジャパンパラウィルチェアーラグビー競技大会 2位
2017年:世界選手権アジア・オセアニア地区予選 2位

日本代表の一員として、女性選手の先駆者としてスキルアップに努めていきたい。

~衝撃を受けたウィルチェアーラグビーとの出会い~

ウィルチェアーラグビーは、四肢麻痺者など比較的重い障害のある人が競技できるチームスポーツとして考案された、男女混合の球技だ。障害の程度によって、0.5点から3.5点までの持ち点が設定される。障害が軽いほど点数が高く、重いほど点数が低くなる。コート上でプレーする4人の選手の合計が8点以内になるよう編成する必要があるが、女子選手が含まれると1人あたり0.5点の追加ポイントが許可され、合計8点を超えることが許される。そのため、女性選手の存在が戦略的に重要視される競技だ。
 小学1年生から高校3年生まで体操選手として活躍した倉橋香衣選手。その後進学した大学ではトランポリンに転向。大学3年生の春、全日本選手権に向けた公式練習中に、頸髄損傷による四肢麻痺の障害を負う事故が起きた。体が全く動かせなかった入院当初、一番に思ったことは“体を動かしたい”とうことだった。
 「入院直後は、怪我をし、腕も動かせず寝たきりの状態だったのですが、身体を動かしたくて仕方なかったんです。お見舞いに来てくれた友人とは『どんなスポーツができるかな』といつも話していました」。
 急性期治療を終え国立障害者リハビリテーションセンター(以下、センター)に入所。四肢麻痺でもできる水泳、卓球、陸上などのスポーツには積極的に挑戦。その後、センターで自立訓練の一環としてウィルチェアーラグビー部の活動にも参加した。
 「四肢麻痺でできるスポーツが本当に少ないんです。リハビリとして幾つかのスポーツに挑戦しましたが、たまたま人数が少ないから『一度見に来てよ』と声をかけてもらったのがウィルチェアーラグビーとの出会いでした。“ぶつかっても怒られない競技があるんだ”と驚きました。」
 激しいぶつかり合いに対し、“怖さ”ではなく“楽しさ”を覚え、練習に通うようになった。

~チームに入るからには“上を目指す”という決意~

センター退所間近のある日、いつものようにウィルチェアーラグビーの練習に参加していると、センターで活動するウィルチェアーラグビーチーム「BLITZ」の選手に、「うちのチームに入って一緒に練習しない?」と声をかけられたが、“経験も浅く何も知らない私が本当にチームに入っていいのか”と悩み、「入りたい」と言うことができなかった。それでも「チームの一員になって本格的にウィルチェアーラグビーをやりたい」という思いが日に日に強くなり、センター退所から1年が経とうとしていた頃、「BLITZ」に入りたいという気持ちをようやくメンバーに伝えることが出来た。

倉橋香衣選手の写真1

「センターを退所後も、「BLITZ」の選手に何回か声をかけてもらっていたので、数回練習に参加しました。やはり、チームに入らないとウィルチェアーラグビーをする機会が全くなくて。思い切ってチームに登録した時は、やっとウィルチェアーラグビーが出来る!と嬉しくなったのを今のでも覚えています。
 晴れて、「BLITZ」の一員となり練習に励む日々。チームに入ったからには“しっかりと競技に向き合い上を目指す”ことを決意。ウィルチェアーラグビーの選手としての第一歩を踏み出した。

~女性初の日本代表候補選手に選出、そして目指すは東京パラリンピック出場!~

「BLITZ」の選手として活動していた昨年1月、日本代表強化指定選手に、女子選手として初めて選出された。
 「日本代表強化指定選手として声がかかった時、“経験もあまりない私がどうして?”と不思議でした。まさか自分にそんなチャンスが訪れると思っていなかったので。でも、参加するからには真剣にやろうという意気込みで選考合宿に臨みました。」
 日本代表チームの一員として、数々の国際大会に参加し、2017年5月にアメリカで開催された「Tri Nations Wheelchair Rugby Invitational」では、見事優勝を果たした。また、同年9月世界選手権アジア・オセアニア地区予選では、今年8月の世界選手権の出場権を獲得しただけでなく、持ち点「0.5」の最優秀選手“Best0.5”に選出された。「国際大会を経験し、回数を重ねるごとに出来なかった動きができるようになり、“気づき”も増えてきたんです。そうすると、“もっとこういう風に動きたい”、“もっと勝ちたい”、“もっと試合に出たい”という気持ちが強くなって、少しでも早く男性選手に追いつけるよう日々練習に取り組んでいます」。
 しかし、今のままの自分では、東京パラリンピック出場は厳しいと考えている。

倉橋香衣選手の写真2
 「今の私は、車いすを操作するチェアスキルやスピード、パワー全てが他の選手と比べて劣っています。男性の0.5の選手に負けないスキルやパワーを身に付けたい。現在も、東京パラリンピック出場選手の選考は続いています。応援してくれている両親や友人のためにも、もっと競技を知ってもらうためにも、東京パラリンピックには日本代表の一員として必ず参加したいと思っています。そのために、日々努力を続け、スキルアップに努めていきたいです。」
 女性選手のレベルを引き上げていく先駆者として、周りからの期待も大きい倉橋選手。女性初の日本代表選手として、これからの活躍が楽しみでならない。

~ウィルチェアーラグビー普及に向けて~

女性初の日本代表候補選手として、メディアへの露出も増えていった倉橋選手。しかし、当初は実力も追いついていないのに、女性だからと注目が集まるのが悔しかったという。
 「日本代表強化指定選手に選出されてから一気に取材も増え、初めは戸惑いました。しかし、男女問わず声をかけてくれる方が増え、友人も試合を見に来てくれるようになり、ウィルチェアーラグビーを広める良い機会だと思うようになりました。私自身、もっと女性の競技人口が増えればいいなと思っています。私が、メディアに出たり、活躍することで、ウィルチェアーラグビーという競技を知ってもらう第一歩になればと思っています。」
 また、教職に就きたいと、大学では中学と高校の体育教師の免許を取得した倉橋選手。その為、教職に就いている友人が多く、「小学校で講演をしてくれないか」という依頼にも精力的に応えている。「今後を担っていく世代にも、障害者スポーツに興味を持ってもらうことが大切だと思っています。講演先の小学生の子達も、みんな真剣な眼差しで話を聞いてくれ、楽しんで競技用車椅子の体験をしてくれます。少しでも興味を持ってもらえるよう、今後もウィルチェアーラグビーの選手として講演などの啓蒙活動をしていきたいと思っています。」

~ウィルチェアーラグビーの見どころ~

ウィルチェアーラグビーは「マーダーボール(殺人球技)」の異名を持ち、車いすをぶつけ合う事を許された唯一の競技。そんなウィルチェアーラグビーの見どころは何といっても“激しいぶつかり合い”だ。実際試合を観戦しに行くと、車いす同士がぶつかり合う衝撃は物凄い音と共に観客席にも伝わってくる。

倉橋香衣選手の写真3

また、ウィルチェアーラグビーは、映像と実際に試合を観るのでは、感じ方や見える範囲、音が違ってくるという。
「映像では、ボールを持った人が多く写りますが、実はその向こうで味方のためにディフェンスに徹する、持ち点の低いローポインターがゴールまでの道を作っているんです。また、ボールを持っている人がゴールに向かっていても、その選手が自分を越した瞬間、オフェンスからディフェンスの体制に切り替えたりと、こういう動きは実際に試合に観に来てもらって初めて分かることなんです。」
 激しいぶつかり合いと、計算された動き。今年の5月24日から27日まで、千葉ポートアリーナにてジャパンパラウィルチェアーラグビー競技大会が開催される予定だ。是非、実際に試合を観に来て体感して欲しい。

~試合前のルーティンワークと倉橋選手の勝負飯~

試合前はいつも自然体でいることを心がけている倉橋選手。「深く考えてしまうと不安や心配事が頭をよぎってしまうので、今の自分の実力を出し切れるよう“大丈夫、大丈夫”“やれることをやるしかない”と自分に言い聞かせ冷静になれるよう心がけています。」チームでは、試合前にみんなで円陣になって声出しを行う。
 「試合直前にチームで円陣を組むので、声を出して気を引き締め、試合に臨む体制を作っています。」

倉橋香衣選手の写真4

また、好きな食べ物は?と尋ねると迷わず“もずく”と即答だった倉橋選手。コンビニに行って選ぶものも、お菓子やスイーツではなく、おつまみ貝やカニカマを選ぶという意外な一面も。
「試合前に必ず食べるものは特に決まっていませんが、好き嫌いなく何でも食べます。渋いとよく言われますが、おつまみ系の食べ物が好きなのでコンビニでもついついおつまみ貝などを選んでしまいます。お酒と一緒に?と聞かれることも多いですが、私はスナック感覚で食べてしまいます(笑)。」

~倉橋選手の休日の過ごし方~

ウィルチェアーラグビーの練習と仕事の両立で忙しい倉橋選手。貴重な休みの日には、友人と遊びに出かけることが楽しみの1つだ。「休みの日が同じこともあり、休日もウィルチェアーラグビーの仲間と会うことが多いですね。最近は、女性選手と、マネージャーと3人で日本科学未来館に行ったり、マザー牧場で動物を見て触って、思いっきりはしゃいでリフレッシュしてきました。それと、実家に帰った時は動物園に行ったりと、気づくと休日は動物と触れ合っています(笑)。」と可愛らしい一面も垣間見えた。
気の合う友人と過ごす休日が、競技の疲れを癒し、次への活力となっている。